「家計を見直したいんです」
そう相談に来られる方の多くが、すでに何かを試しています。食費を削ろうとして挫折した。通信費を調べたけれど決められなかった。保険の見直しを考えたものの、どこから手をつければいいかわからなくなった。
そして、こう聞かれます。
「結局、何から削ればいいんでしょうか?」
この問いには、ある前提が含まれています。それは、正しい項目を選べば、家計改善は進むという期待です。
でも、相談の現場で繰り返し見えてくるのは、別の構造です。多くの場合、止まっているのは「どこを削るか」ではなく、判断を置く順番そのものなのです。
「固定費から見直しましょう」が届かない瞬間
30代後半のご夫婦との面談でのことです。収支を確認し終え、私は自然な流れでこう切り出そうとしました。
「現状を見ると、まずは一度見直せば効果が続く固定費から…」
そのとき、奥さまが少し身を乗り出すようにして言いました。
「…あの、すみません。実はその前に、食費を頑張ろうと思っていて」
声は丁寧でしたが、どこか焦りを含んでいました。
「今月は高いお肉をやめて、10円でも安い食材を探すようにしていて…でも、結局、週末に外食しちゃったり、子どものおやつを我慢させるのも嫌で…。ぜんぜん目標達成できなくて」
そして、こう続けました。
「やっぱり、変動費から頑張らないとダメですよね?」
この場面で起きていたのは、知識の不足ではありません。奥さまは、すでに頑張っていました。ただ、その頑張りが報われなかった。その結果、「私は家計管理が苦手なのかもしれない」という感情が、言葉の奥ににじんでいたのです。
一方で私の口から出かけていたのは、「固定費から」という、FPとしては正論の一言です。論理としては正しい。でも、その瞬間にそれを置くと、相手の中では評価の言葉に聞こえてしまうことがあります。
「その頑張り方、間違ってますよ」と言われたように。
なぜ多くの家庭は「食費」から触ろうとするのか
家計改善で、最初に食費を見ようとする人は少なくありません。理由は、とても人間的です。
- 今日からできそう
- 自分一人でもコントロールできそう
- 数字がすぐ動く気がする
つまり、心理的なハードルが低いのです。
でも同時に、食費は感情・生活・家族の希望が一番絡みやすい場所でもあります。頑張りやすく見えて、実は一番、心が削れやすい項目。だから、続かない。続かないから、自己評価が下がる。
「私は向いていない」
そんな結論だけが残ってしまいます。
判断が止まるのは「どこ」ではなく「順番」
家計改善の実務では、私はいきなり「どこを削りましょうか」とは聞きません。先に確認するのは、次のような点です。
- 誰が、どこまで頑張ろうとしているか
- その頑張りが、どこで折れやすいか
- 家計改善が「努力」になっていないか
数字の前に、家計に向き合うときの姿勢を見ています。
なぜなら、順番がズレたままでは、どんな正しい方法も、しんどくなるからです。
固定費から見直すのは、効率の面では合理的です。一度の判断で長く効果が続くからです。でも、それを最初に提示されたとき、すでに食費で挫折している人の心には、こう響きます。
「やっぱり、私のやり方は間違っていたんだ」
この感情が先に立つと、どんなに正しい選択肢を示されても、判断は前に進みません。
判断の置きどころを整える、という入口
先ほどのご夫婦との面談では、その日、具体的な削減額の話には進みませんでした。まず、こんなことを丁寧に言葉にしていきました。
- 食費を頑張ろうとした理由
- どこで苦しくなったのか
- 何を守りたくて、何を諦めきれなかったのか
すると、不思議なことに、同じ支出表を見ていても、責める空気が少し和らいでいきます。家計が、戦う相手ではなく、一緒に眺めるものに変わっていくのです。
家計改善は、正解探しではありません。「最初に見直すべき項目は何ですか?」という問いの前に、まず必要なのは、こんな振り返りです。
どこから手をつけようとして、苦しくなったのか。
そこを整理することが、本当の入口になることがあります。
金額より先に、判断の置きどころを整える
もし今、何から見ればいいかわからなくなっているなら。それは、能力の問題ではなく、判断を置く順番が少し混線しているだけかもしれません。
家計は、金額より先に、判断の置きどころを整えるところから始まります。
固定費か、変動費か。その問いに答える前に、まず立ち止まるべき場所があります。それは、「今、自分はどこで迷っているのか」という問いです。
家計改善で最初に見直すべきは、項目ではなく、判断が止まっている位置そのものなのです。